パルシステム神奈川のイベントレポートをご案内します。

  • 平和 国際活動

「ピースアクションinオキナワ~第43回沖縄戦跡・基地めぐり」に参加しました

3月25日~27日の3日間、「戦後80年を超えて 沖縄から問いかける『平和とは何か』」というテーマのもと、沖縄戦の実相と現在の沖縄が抱える基地問題を学び平和について考えるツアーに、パルシステム神奈川の理事・職員が参加しました。(沖縄県生協連・日本生協連共催)

見て聞いて学ぶ

1日目は劇鑑賞と講演会を行いました。

●那覇青少年舞台プログラムによる演劇
那覇青少年舞台プログラムは、演技・ダンス・演奏のすべてを小中高生のメンバーで行っている団体です。歌と踊りを交え、力強く感情に訴える内容でした。若い世代による新しい継承の形を見ることができました。

●戦争経験を聞くお話:玉木利枝子さん
当時10歳だった玉木さんの証言内容は、家族の死や食料不足、軍人の横暴など非常に過酷なものでした。砲弾から逃げ回る日々は「日時の感覚がなかった」とのことです。極限状態での地獄のような情景が語られました。

●沖縄国際大学 前泊博盛教授による講演
現在の外交問題と絡めた時事性のある話を伝えてくれました。沖縄ではPFAS汚染の問題が起こっており、水質汚染の原因は米軍基地と考えられています。基地の問題は直接的な戦争被害だけではなく、環境面など多角的に見る必要性を話されました。

現地に足を運び学ぶ

2日目と3日目はフィールドワークを行いました。琉球大学で講師をされていた山内栄さんにガイドをしていただきました。

●嘉数高台公園
かつてこの場所では日米両軍が激しい攻防を繰り返しました。
展望台からは普天間基地がよく見え、米軍機も確認できました。基地のすぐ傍に学校があり、安全面について考えさせられました。
沖縄のお墓についての解説もあり、古くからの信仰から海の方向に向けて作られているとのことです。歴史と共に沖縄文化も学ぶことができました。

「世界一危険な基地」といわれる普天間飛行場

●糸数壕(アブチラガマ)
ガマと呼ばれる自然の洞窟は、沖縄戦で避難場所となりました。住民だけではなく日本軍の拠点ともなったため、攻撃対象となったガマでは多くの命が失われました。
出口のすぐ傍が住民避難場所になっており、米軍へのカモフラージュと同時に奥に隠れている日本軍の盾にもなっていました。天井には当時爆風で吹き飛んだといわれるドラム缶の破片が刺さっており、悲惨なできごとが起こった生々しさを物語っていました。

●平和祈念資料館
苗字の改名や方言の禁止など、元々ある沖縄の文化が否定されていたことを物語る展示がありました。犠牲となった人々の証言や写真もあり、それらから目を背けることをせず、過去を共有し平和のために繋いでいくことの大切さを学びました。

平和祈念資料館で沖縄戦を学ぶ

沖縄戦後、最初に建てられた慰霊塔「魂魄の塔」

●辺野古・瀬嵩の浜
建設中の辺野古基地の総事業費は約9,300億円となっており、進捗は約16%しか進んでいない現状があります。地質学も専門としていたガイドの山内さんは、軟弱地盤の不安定さについても詳しく語られました。基地の工事は豊かな自然環境を破壊することにも繋がっています。

さまざまな問題を抱える辺野古基地の建設

全国から来た参加者それぞれが「沖縄が抱える問題を持って帰って考えてほしい」というのが、山内さんからのお願いでした。

   

当組合は、今後も戦争の実態を学び平和の尊さについて考えていく活動を、神奈川県内や全国の生協と協力しながらすすめてまいります。