パルシステム神奈川のイベントレポートをご案内します。

  • 平和 国際活動

「川崎市平和館に行こう」を開催しました

3月14日、「川崎市平和館」(川崎市中原区)を見学するイベントを開催し、組合員と役職員あわせて13名が参加しました。

2025年夏に実施した「横浜都市発展記念館 戦後80年『戦争の記憶』特別展見学会」に続く企画として、今回は、戦時中の川崎のことをから広く平和のことまでを学ぶため、川崎市平和館を訪れました。

川崎大空襲で壊滅的な被害を受けた川崎市中原区に建つ「川崎市平和館」

「平和の反対ってなんだろう?」

当日は専門調査員の暉峻(てるおか)さんのガイド付きで、館内をめぐりました。

2階の展示室に向かう階段の壁面に掲示された「平和の反対ってなんだろう?」の文字。川崎市平和館は、「平和学」をベースに、戦争のみならず、人間の尊厳ある生を損なう貧困や差別、環境破壊などのあらゆる人為的な現象を「非平和」と位置付けて展示を行っている点が、ほかの施設にはない特徴です。そのことを象徴するかような問いかけから展示が始まります。

展示の導入として、どの世代にもわかりやすく問いかけてきます

暉峻さんのていねいな解説で、展示内容の理解が深まりました

戦争遂行のために、市民生活はその犠牲に

戦前、産業のまちとして鉄鋼・石油・化学・機械などの工場が集中していた川崎。戦時下は多くの工場が軍需生産に転換しました。そのため敵の爆撃の標的となり、1945年4月15日の川崎大空襲へとつながりました。
戦時中、そこにくらす人々の生活は、戦争を遂行するためのものとなっていました。兵器に必要な金属類の不足を補うために、家庭にあるあらゆる金属類を国に提供したり、学校では子どもたちは竹やりやなぎなた、鉄砲の使い方を教わったりしていたことなど、暉峻さんの解説や視聴コーナーの映像をとおしてうかがい知ることができました。

すすけたレンガ、頭上には焼夷弾に模したものを吊るし、戦時下の様子を一部再現

視聴コーナーでは、映像をとおして当時のリアルな様子を伝えます

被害者として過去の戦争を学ぶだけでなく、加害者としての視点ももつ

川崎大空襲で投下された焼夷弾やその模型の展示場所の前で解説してくださった暉峻さんの次の言葉が印象的でした。

「川崎のまちに落とされた焼夷弾によって多くの方が犠牲となりました。でも川崎大空襲よりも前に、この残虐な兵器を中国などで使用したのは日本でもあります。被害者としての痛みだけでなく、相手国に被害を与えたという痛みも同時に考えるべきだと思います」

みなさんにとっての「非平和」とは?

平和の対義語としてまず思い浮かぶ「戦争」が、私たちの平和なくらしを破壊することは間違いのないことです。しかし、川崎市平和館と暉峻さんが私たちに伝えようとすることは、戦争に至らずとも、さまざまな暴力的行為や抑圧、貧困や差別、環境破壊、あるいは、安心してくらせる住まいがない社会、充分な食べ物・飲み物や医療サービスが得られないなどといった社会が、果たして「平和」といえるのか?ということです。 展示の始まりにあった「平和の反対ってなんだろう?」と、締めくくりに掲示してあった「あなたにとって非平和とは」の両方の問いかけについて、一人ひとりが考える意義深い時間となりました。

みなさんはどう考えますか?

参加者の声

  • 加害者としての日本にも目を向けて展示を行っていることに感心しました。さらに、平和の反対は、戦争ではなく、非平和であると捉えて環境問題や人権問題までも含めたものであると捉えていたことになるほどと思いました。
  • 何度か行ったことがあったが、ガイドの方の話を聞いて展示を見ると、より理解が深まった。平和の反対は何かという問いは考えさせられた。
  • 現在ある核兵器で地球を4回全滅させてしまえることが恐ろしく、印象に残りました。
    人間の愚かさを感じました。