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2016/06/23
イベントレポート

「被災地日帰りスタディツアー(福島)」を開催しました

6月21日、福島県にて被災地スタディツアー(福島)を開催し、組合員16名が参加しました。

東京電力福島第一原発事故から5年、福島県では避難指示の解除がすすみ、神奈川に住むわたしたちはすっかり日常を取り戻しています。しかし、福島では事故前の数倍の放射線量が残る場所もあり、避難されている方のなかには帰還することをためらう方も多く、まだまだ未解決の課題が多く残されています。

汚染された廃棄物が積まれた分別場
汚染された廃棄物が積まれた分別場

当組合では、震災直後の炊き出し支援、福島のこども保養プロジュエクトの実施、学習会の開催など被災者や被災地の支援を継続して行ってきました。しかし震災から5年以上が経過し、震災と原子力発電所の事故により大きな影響を受けている福島の実情が報道される機会も減ってきています。このため、組合員に直接福島を訪問してもらい、地域や身の回りの人にその現状を伝える機会をつくっていくきっかけとするために、被災地スタディツアー(福島)を開催しました。

福島への思い

「避難者親子にどのように寄り添えばいいか悩んできた。このツアーでヒントを見つけたい」「5年間、無力な自分を感じてきた。ツアー参加をきっかけに自分にできることを見つけられれば」参加者に参加理由をうかがったところ、どの方も真摯に福島県や被災者のことを考えていました。

ガイドを務めてくださったのは福島県の老舗旅館の店主であり「特定非営利活動法人 ふよう土2100」理事長の里見喜生さんです。里見さんは、震災直後は旅館の店主の立場で奮闘していましたが、避難所や原発事故の現状、被害をこうむった人々の苦しみに直面し、やがて「特定非営利活動法人 ふよう土2100」を立ち上げて障がい児支援、被災地をめぐるスタディツアーを主催するようになったといいます。

里見さんの説明を聞く参加者

 

いわき市の湯本駅からスタートしたツアーは、まずいわき市の浜風商店街を訪れました。浜風商店街は震災によって被害を受けた商店が集まり、2011年9月3日(土)久之浜第一小学校敷地内に仮設店舗でオープンした商店街です。

商店街を切り盛りするお店のお母さんたちの歓迎を受け、参加者は買い物や交流を楽しみました。小学校に土地を返すため、この商店街は2017年3月に閉鎖が決まっています。それまで「1日も早い久之浜の復興を!久之浜にひとりでも多くの笑顔を!!」を目標に掲げ、元気に笑顔で営業しています。

浜風商店街でのひととき

深刻な町の状況

浜風商店街をあとにした参加者は、里見さんから説明を受けながら広野町を訪問しました。広野町は2012年9月より帰還が始まりましたが、町内在住者は原発事故前の約半分にとどまっています。

現在では、各種工事にかかわるために滞在している作業従事者が町内在住者数を超えてしまう事態となり、町として矛盾を抱えています。「何百年もの長い時間をかけて形成された風土やコミュニティが原発事故でリセットされてしまいました。町のあり方やつくり方が非常に難しい。悩ましい事態となっています」と里見さんは説明しました。

除染中の旗がたつ住宅

そのあと訪問した楢葉町は、すでに除染作業は終了しており2015年9月に避難指示が解除されていますが、住民の約1割しか帰還していないそうです。立派な家々が建ち並ぶ楢葉町。しかし、よく見るとほとんどの家でカーテンが閉め切られており人影がありません。初夏であるのに、田んぼは雑草だらけ、畑にも作物は植えられていません。このような景色から、楢葉町がおかれた深刻な状況を理解することができました。

原発事故の影響を実感

最後に放射線量が非常に高いレベルにある富岡町の居住制限区域を訪れました。この区域は、住むことは許されていませんが、掃除などのために立ち入ることが許されている地域です。そこには使われなくなり、雑草に覆われた小学校・中学校が静かに建っていました。「ここには子どもの声はおろか、生活音さえない」と、参加者は衝撃を隠せない様子でした。

そして、基本的に立ち入りが禁止とされている帰還困難地域と区切るバリケード近くまで立ち寄りました。バリケードの向こう側は、原発事故当時の状況そのままに、時間が止まっています。そこでの線量計は高い数値を示し、参加者全員が原発事故の影響の根深さを実感しました。

このような状況に里見さんは「当事者である私たちが恐れているのは忘れ去られてしまうことです。報道では語られることのない事実を、実際に見て、感じてほしい。そして感じたことを自分の言葉にして周囲の人々に伝えてください」と話しました。また、里見さんは「原子力発電の恐ろしさを感じてほしい」と言います。「地震大国日本に原発を作ってしまったのは国策ではあるが、その施策を支持したのはほかならぬ私たちだということを自覚してほしい。そしてその結果、いくつかの町が、そこに住む人々の生活が失われてしまったことを覚えておいてほしい」と締めくくりました。

5年前から使われていない学校。雑草に覆われてしまいました

津波の傷あとが今も残る住宅

今回のツアーは、日帰りということもあり、駆け足での行程でしたが、現地の苦しい状況を見て取ることができました。当組合では、今後も被災地の現状を実際に訪問し、当組合ができることを考えるスタディツアーを継続して開催していきます。

「原発事故被害者の救済を求める全国運動 第三期 請願署名」

2017年3月に自主的避難者住宅支援の打ち切りが計画され、東京電力の住民への慰謝料支払いも2018年3月打ち切りの方向ですすんでいます。当組合では、避難の権利と補償、健康調査を国の責任で受ける権利を求めるため、6月13日から「原発事故被害者の救済を求める全国運動 第三期 請願署名」に取り組んでいます。ご協力お願いいたします。

※原発事故被害者支援を求める署名についての詳細はこちら